「秘密」平介と直子のどちらが可哀想なのか?

娘の体に妻の魂が宿る

「秘密」という小説は、バスの転落事故を機に、娘の体に妻の魂が宿って、娘の体を持つ妻との生活を送ることになってしまった夫の視点で描かれた作品である。

夫の名前は平介。妻の名前は直子。二人の娘の名前が藻奈美。

本来は、『娘の体に魂が宿ってしまった妻と夫のドタバタ生活』というお笑い系のストーリー仕立てで考えられた短編集であり、その短編は短編で別に存在している。それを長編にしたところ、何とも切ない話しへと変貌をとげてしまったのである。

この「秘密」という小説は、夫・平介の視点で描かれているために、当然平介の感情のみがクローズアップされることになるので、どうしても平介の方に感情移入しがちになる。
だからかもしれないが、平介のほうが可哀想に思ってしまう読者も多いのではないかと思われる。
僕も男だからなのかもしれないが、平介のあまりにも切ない感情に思わず涙を流してしまう。

特に、直子が藻奈美として別の男性と結婚してしまうというラスト設定は、平介にとってかなり酷な設定であり、描かれている平介の喪失感に触れると、どうしても平介のほうが可哀想に思えてしまうのである。

しかし、僕は思うのである。もしこれが妻の直子側の視点で書かれていたとしたらどうであろうか?本当に可哀想なのは平介の方なのだろうか?と

直子は、夫の平介にさえも自分の魂が生きていることを隠しながら生きていくことを決意するわけである。つまり、世の中に自分が生きていることを自分以外の人間は誰も知らないという状態で生き続けなければならないのである。
実際には平介はそのことに気付いてしまうわけだが、気付いたことを直子に打ち明けなかったので、直子は平介が知っていることを知らないわけである。

本当の自分が生きていることを誰も認識していないと思いながら行き続けること・・・これほど可哀想で残酷な生かされ方はないのではないかと僕は思うのである。

直子がどのような感情であるのかが一切描かれていないだけに、その感情を想像するとさらに切なさが増すようである。

>>>小説【秘密】のあらすじはこちらから

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